嘘つきは嫌いだ

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 わたしは踏み切りの前で立ち止まり、もう一度カバンを開け、朝にもらった寄せ書きを見た。  やっぱり何も書かれていない。  何度見ても同じなのに……。  先頭の文字が弧を描き、円状に綴られた短い文章。  なかには咄嗟にそれしか無かったから書いた、ということが想像出来る大雑把な太ペンの文字。  こういうのは大抵男子だ。 『元気でやれよー』 『好きだー!! 好きだったー。(嘘じゃボケっ)』 『向こうに行っても元気でな』  女子たちはみんな優しい言葉を綴っていた。 『寂しくなるね』 『またいつか逢いましょう』 『あちらの学校でも、いつもの明るいあなたでいて下さい』 『今までありがとう』  色んな文字が色紙の上を踊っていた。 『髪切れよ。先生はそれが心配だ。分かるな』  先生も書いてくれていた。  わたし一人のために、クラス全員から手紙をもらったようで嬉しかった。  なのに一番書いて欲しい子の文字が、見当たらない……。  何度、何度も、何度もわたしは目を凝らした。  だけど、あの子の文字はどこにも見えない。  一列だけ、何も書かれていない白い余白。 (寂しいよ)私の弱い心が本音を吐いた。  本当なら大切な宝物にしたかった物なのに。  空白の一行を見ていると、文字がぼやけて上手く見えなくなってしまった。  耳を(つんざ)く金属音と、木の棒が地面に当たるような激しい音が鳴り響いた。  轟音(ごうおん)(とどろ)かせて、目の前を電車が通過する。  何もかも掻き消すような物凄い音。いつもこんな大きな音を立ててたかな、と、その音にわたしは恐怖を感じる。  その時、後ろで気配を感じた。
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