井戸の中

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◆◆◆ 「近寄んなよっ、性病!」 「うわ……っ! くっせぇ~!」 「ほんとだ! くせぇー!」 「性病の匂いだ! くっせぇ~!」 「「「せ・い・びょ~! せ・い・びょ~! せ・い・びょ~!」」」  学校からの帰り道。いつまでも続く田んぼ道の真ん中で、同級生達に囲まれた俺はそんな悪口を浴びせられながらトボトボと歩いてゆく。  ゲラゲラと笑いながら、代わる代わるに俺を小突く(さとし)(つかさ)隆史(たかし)。  人口の少ないこの片田舎では、大抵の者が皆顔見知りで、その狭いコミュニティの中で複数の女性と関係を持っていた俺の父親。それは勿論周知の事実として、大人達は呑んだくれの父の事を悪く噂した。  それを間近で見ていた子供達は大人達を真似、その悪口の対象は父親ではなくその息子にあたる俺へと向けられた。  悔しさに涙を滲ませた俺は、下唇を噛みしめてグッと堪えると、目の前の智を着き飛ばして一気にその場を駆け出した。 「あー! 性病が逃げたーっ!」 「っ、……いってぇ。……ふざけんな、公平っ!!」 「待てぇ~! 性病ぉーっ!」  逃げ出した俺を捕まえようと、智達はゲラゲラと笑いながら追いかけてくる。捕まってたまるかと必死に走って逃げるその姿は、まるで獣に狩られる兎のようだ。  そのまま必死に走って逃げ切ると、玄関扉に手を掛けて家の中へと入ろうとした──その時。グンッと軽く宙を浮くような感覚とともに、俺の身体は後ろへと引き戻された。  ────!?  驚きに反射して背後を振り返ってみると、俺のランドセルを掴んでいる智がゆっくりとした動きで口角を吊り上げた。  俺を見つめて嬉しそうに瞳を細めると、ニヤリと不気味に微笑んだ智。 「つ~かま~えた~」  呆然と、そんな智の姿を見つめたまま硬直した俺は、額から冷んやりとした汗が流れ出るのを感じながら、ゴクリと小さく喉を鳴らした。
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