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今は6月ということで、時期としては梅雨に差し掛かる。F市の住人は、梅雨といえば『ある花』を思い浮かべる。それは、市の花として指定されている『紫陽花』。色とりどりの花を咲かせ、その可憐さから地元で愛されている。
そして蒼太は、ある名所へと車を走らせていた。それは河川沿いの堤防に連なる『あじさいロード』。彼は雨に濡れた紫陽花が好きで、この時期をいつも楽しみにしていた。カーステレオを切ると、車内に雨音が心地よく響く。
「…これで」
(恋人が居たら、さらに楽しいだろうなぁ…)
思わず、胸の中で呟く。内向的な性格が災いして、気になる女性が居ても打ち解けることができず、相手が居た試しがなかった。それに今は、試験のことを考えるとそれ所でない。
(…ま、まぁ。今は置いといて)
意識的に、気持ちを切り替えた。紫陽花が待っていてくれると考えただけで、少し肩の力が抜けた。
花が好き…というのは、男性では珍しいかもしれない。自分の姓が『花宮』で、『花』という字が入っているせいかな、と思ったりもする。
そんな他愛もない事を考えながら、軽やかに車を走らせた。車内には、雨音が心地よく満ちている。
◇
雨足が、徐々に強くなってきた。
(さすがに、これは…)
思わず、肩に掛けた鞄へ目を向ける。
中には『相棒』一眼レフカメラが入っていた。雨露に濡れる紫陽花を撮りたかったのだが…この雨では、断念せざるを得ない。
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