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プロローグ:紫陽花と、あのひと。
雨の、おと。
雨の、におい…。
静かに降り満ちる雨は、途切れることなく。
一体どれくらいの間、その光景を見つめていただろう。
静かに濡れる、淡い色合いの紫陽花たち。紫、ピンク、薄水色、そして白。色とりどりの群生に、優しい雨の音色が沁み込むようだった。
「あの日も、たしか…」
ちょうど一年前、あのひとは佇んでいた。傘も差さず、濡れたまま、薄水色の紫陽花を見つめていた。その哀しげな横顔、涙をたたえた…茶色の瞳。
「あのひとは…」
(誰なんだろう。)
そっと自問してみるが、答えはない。ただ、胸の鼓動が脈打った。
その音は…雨露に溶けて。
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