第一夜 釣人

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 こんな夢を見た。  私は浜辺近くに住む者で、夜分によく散歩へ出かける癖があった。  ある日、無人の街中を歩いた帰りであった。ふと思い立ち、浜辺に足を運んだ。  その浜は猫の額ほどの広さしかなく、波打ち際には点々と杭が打たれ、有刺鉄線が張られ、所々に遊泳禁止の看板が括り付けられていたのを記憶している。  夜中であるから当然明かりなどはない。月と星が目の前数メートルだけを見せてくれるはずであった。  しかし、その日は真っ暗な海の中に、光がぽつりと一つ浮いていた。  目を凝らしよく見ると、その光は小舟のようであった。小舟の上で、男が一人、海に釣り糸を垂らしている。  さては地元の人間が密猟しているなと思った。  男一人の釣りであるから、大した問題にはなるまい。私は砂浜に腰を下ろして、その様子を眺めることにした。  男の様子がよく見えることを、不思議には思わなかった。あちらには明かりがあるからだ。  男は時折、魚を釣り上げた。食べ応えの無さそうな小さな魚から、よく肥った鯛らしき見事な魚まで。  しばらくして、男はぎっちらぎっちら櫂を漕いでこちらの浜へと戻ってきた。鉄線の途切れた所を通って、まっすぐ私の方へとやってくる。  間近で見ると男は恰幅のいい、人の良さそうな面貌の中年であった。
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