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「こんばんは」
「こんばんは、よく釣れましたか」
「ええ、たくさん」
そんなことを話した。なるほど魚籠は大きく膨れている。
「ここで捌くのです」
言うなり男は魚籠をひっくり返した。大小様々な魚が砂浜に跳ねる。
「まな板がありませんよ」
「いいのです」
そこらから拾ってきたのだろう板っきれを下敷きに、男は私の目の前で魚を一匹ずつ捌きだした。
妙なことに、彼は魚から内臓を出すと、身を捨てた。
「逆ではありませんか」
「いいのです」
いいと言うのだからいいのだろう。私は黙って彼のする事を見ていた。男はひたすらに魚のはらわたを引き出し続けた。
やがて全て捌き終わると、彼は魚のはらわたを一つ一つ切り開き始めた。コロリコロリと白いものが出てくる。目を凝らすと、何が出てきたのかが分かった。
「あ」
それは歯であった。そして骨であった。おそらくは人の物であろう。
「これはね、私の愛した人です」
男が言った。
「波に攫われたものですから、魚から出てくるのです」
捌き終わった男は懐から巾着をいくつか取り出した。
「これが歯、笑うとよく見えたものです。これが右手人差し指、すらりと伸びた細い綺麗な指でした。これは耳、彼女はピアノが上手でね、音を聞き分けられる稀有な能力を持っていました。これは足の小指、小さな団子指でしたが、サンダルがよく似合いましたよ」…………。
そんな風に説明しながら彼は巾着に分けてゆく。
「全て揃えようと思っています」
コツン、カツンと音が聞こえた。それぞれ中にはそれなりに中身が入っているらしい。
「水を差すようで悪いのですが」
私はつい口を出してしまう。
「海の死者は何人もいます。それがあなたの恋人であるとは限らないのでは」
「いいえ。これは彼女ですよ」
何故、と追及しようとすると、男は釣竿を私に見せた。
「彼女も、一つに戻りたいのでしょう」
針先に括られた物は、白く輝く一欠片の骨であった。
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