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しきりに心配する範子を何とか仕事に送り出した後、敦宣は浮かべていた笑みをスン…と引っ込め真顔になると、無言で部屋の奥に向かって行ったわ。何を取りに行ったのか大体想像つくわね。
案の定、螺鈿細工の文箱を持ち出してきたその肩に飛び移って、
「頭中将ってさァ、アンタに恋文何度も送り付けてヤツじゃなかった?」
アタシは核心をついてみた。
文箱を前にして、敦宣が大きな溜め息をついた。
「そうです…。過激な…いえ、随分と情熱的な文を何度も」
努めて慇懃に言おうとしてるけど本音ちょっと出ちゃってるわよ。
『胡蝶の君』として、男どもの憧れの的の敦宣にはひっきりなしに恋文が届くもんだけど、件の中将といえば、侍従の君たる範子との恋仲が宮中で噂されるようになってからもまあ何度もめげずに送ってきていた貴族の男ね。
アタシが調べたところによると、どうやら宮中でも相当浮き名を流していることで有名らしくてねぇ。顔も良いし、家柄も申し分ないんだけど、だいぶ好色ときたもんで、女も男も見境ないときた。
そここで惚れた腫れたの恋愛遊戯をするのも貴族のたしなみとされているし、頭中将がおかしいわけじゃないけどさァ、そんな輩がアタシの大事な敦宣にちょっかい掛けているなら話は別ってもんよ。
誰の秋波にも靡かない範子の方が宮中じゃあ珍しいんだけど、アタシはあの子の方が断然好ましいわね。
敦宣と範子が婚約者同士になった今、流石に熱烈恋文はなくなって清々していたのに、まさかこんな形でまた頭中将の名前を聞くことになるなんて驚き。
「行きましょう、胡蝶」
「範子の後を追うのね?」
「はい。何やら厭な予感がしますから」
「アンタ身体は?」
「問題ありません。そも、あの程度のあやかしにやられるような柔な身体ではありませんよ」
「はいはい」
なのにさっき殊勝に頷いていたのは、さしずめ、範子に心配してもらって嬉しかったってところかしらね。
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