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「敦宣さま、侍従の君さまがこれからお越しになると先触れが…」
敦宣付きの侍女が部屋の外から声を掛けてきた。昔から敦宣に付いている侍女ね。何くれとなく敦宣を気にかけてくれるから、敦宣もアタシも信を置いているわ。
すっくと立ち上がった敦宣が侍女を引き留めた。
「お知らせありがとう。こちらへ。少し聴きたいことがあるのです」
「はい、何でございましょう」
すんなりと頷いた侍女を部屋の中に招いて、敦宣は手にした螺鈿細工の箱の中を示した。
「この文の贈り主、頭中将の噂を知っていたら教えてほしいのです」
不思議顔の侍女は手渡された文を見て、中を検める許可を敦宣から得ると文を開いた。
なるほど。
平安の世において、情報通は侍女だっていうものね。其処此処の貴族に仕える侍女とも親交があればその情報網は侮れないわ。
でもアタシも予想外だったのが、目を通し始めてちょっともしない内に、侍女が俄にぶるぶる震え始めたことよ。おお、どうした? と思ったら、がばっと顔をあげた。
「敦宣さま!」
「は、はい!」
「この殿方は、この御方だけはお止めになってくださいませ。なにより! 敦宣さまには侍従の君さまがいらっしゃるではありませぬか!」
詰め寄らんばかりに言い募られて、敦宣も思わず敬語が出るほどたじたじしてる。
「お、落ち着きなさい。心変わりしたのではありませんよ」
「では何故…」
「侍従の君とお話していたら久方ぶりに彼の方のお名前を聞いたものですから懐かしくなって。この方から文をよく頂いていた頃、頻りに止したほうが良いと言っていたでしょう? あれはどうしてだったのか気になって」
そういえば、頭中将から恋文が来ていた頃、この侍女は良い顔をしていなかったわ。というより、うわまた来た…。くらいの面持ちだったような。敦宣が頭中将からの文に対してあんまりに歯牙にもかけないからつい忘れてたけど。
敦宣の嘘を交えた説明に「そうでしたか…」と侍女が安堵に肩を撫で下ろす。と思えば「ひどい御方なのですよ、あの方は」という言葉を皮切りに、憤慨遣る方無いといった風情で話し出した。
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