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距離が開いたところで、白砂を踏み鳴らし、敦宣が背後を振り返る。範子を見て短く指示を飛ばす。
「わたくしの後ろに!」
「う、うん!」
範子が素早く敦宣の背後に回り込む。
後を追ってきていたあやかしに向け、敦宣が笛を突き付けた。
「お前の探している奏者はここにいます」
彼の手に持つ笛に気付いたか、あやかしがぴたりと止まった。範子にはやはり薄ぼんやりとしか見えないが、何やら値踏みするような視線を向けているのはわかった。
刹那とも数刻とも感じられた静寂の後、敦宣がやおら笛を構え、そして――――…
――――竜が啼いている。
範子は思った。
大陸に伝わるという伝説の神獣。それが、天に昇るために啼いている。
自身があやかしに襲われていることさえ忘れ、思わず天を仰いでその尊い姿を探す。でも、真っ暗な空には星々が瞬くのみだ。
否。
これは、竜の声ではない。敦宣の吹く笛の音色だ。わかりきったことを理解するのに随分と時間がかかった。
範子が次にあやかしに視線を戻した時には、
「消えた…」
その妖しき影は姿を消していた。
「満足したら消えるのですよ」
いつの間にか演奏を止めた敦宣が肩越しに言った。
「敦宣、きみ…」
範子が言い差した時だった。
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