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「敦宣!」
鋭い胡蝶の声が飛んだ。
ひやりと背筋を撫でる感触。頭が認識するより先に、範子は敦宣に体当たりしていた。勢いがあまり、ふたりして地面に倒れ込む。
範子が素早く見上げた先で、ふたりが今の今までいた空間に飛び掛かる影があった。
それもひとつだけではない。
「二匹…」
先程と同族だろうあやかしが、今度は二匹立ち塞がった。
距離も近く、ぴりぴりとした殺気も感じる。背中を見せた瞬間に飛び掛かられることは明らかだ。
「どうやら奴ら、えらくアンタをお気に召したようね。こんなに釣れるなんて滅多にないのよ」
胡蝶が緊張を滲ませながらおどける。範子にすればたまったものではなかった。
「私が呼び寄せてしまったのか…!」
視線で牽制しつつ立ち上り、二人は距離を開こうとするが、今にも飛び掛かられそうだ。
「範子さま、わたくしから離れないでください」
「敦宣、一匹を相手にすれば、もう一匹が手薄になるわ」
「わかっています」
「いい? 牽制しつつよ。アンタの笛ならいつも通り片がつく。大丈夫、ちっとばかし数が増えただけよ」
「はい」
「私が囮になるよ」
「はい………え?」
神妙に相槌を打っていた敦宣がすっとんきょうな声をあげた。
胡蝶がとんでも発言をしたひとの頭上をひらりと舞う。
すなわち、範子の上に。
「ちょっとアンタ何言ってんの」
「囮になる。だって私を狙っているんでしょ? 私が引き付けている間に頼むよ」
我に返ったらしい敦宣が慌てて言い募る。
「い…いけません! もし失敗したら…! 奴が女人を狙うのは里につれさらって子を産ませるためだとも言われているのですよ」
「うわあ…。うん、でも大丈夫。私、身体を動かすことには自信があるから」
「範子さま…! 胡蝶!」
敦宣が胡蝶に助けを求める。
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