248人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
「わかったわかった。ひとまずアンタたち抱き合いなさい」
「ええ!」
これには敦宣と範子の驚愕の声が揃った。だが胡蝶も冗談で口にした訳ではないようだった。
「敦宣は身体を密着させた状態で笛を吹きなさい。この子もおそらく『逆転の者』よ。詳しい説明は後! さあ早く!」
「ええいもう、わかったよ!」
範子は敦宣の背後から抱き付いた。
勢いが過ぎたのか「うっ…」と敦宣がか細く呻く。だが直ぐに体勢を立て直し、彼は笛を口許へあてた。
再び流麗な音色が響き渡った。
間近で聴いた範子がはっと瞠目する。
音色が先程と明らかに違うのだ。
これは…。
と、吹き初めて幾ばくもしない内に、あやかしたちの様子が変わった。
あやかしたちの臨戦態勢だった姿勢が緩んだのが気配でわかる。ひょろりと長い腕がだらりと垂れ下がった。
すぅ…と気配が薄れていく。
やがて完全に妖しき影は姿を消した。
風の吹き抜ける音が聞こえるほどの静寂が訪れる。
「竜が増えた…」
なので範子の呆然とした声はよく聞こえた。
「ぶはっ」
頭上で盛大に胡蝶が噴き出した。
むっとした範子がひらひら舞う蝶を睨み付ける。
「――――で? アンタはいつまでうちの敦宣に抱き付いてるわけ?」
言われてはたと気付く。敦宣に思いきり抱き付いたままだと。
「ああっ…と! ごめんね!」
「い、いえ…」
範子が、音がしそうな勢いで慌てて離れると、敦宣は恥ずかしそうに目を伏せて俯いた。なんて女子力なんだ。流石は可憐な姫の名を欲しいままにしている…いやいや、今はそうじゃなくて。
範子は咳払いをした。
最初のコメントを投稿しよう!