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涼風が吹き渡り木々を揺らしている。さらさらと鳴る木の葉に、降り立った数羽の雀が追いかけっこをしている。
範子は、その風景を欄干に頭を載せ見るともなしに見ていた。
長閑な午後だ。
昼下がりの御所は平穏そのものだった。
ひとのいない場所を探して見付けたのが此処だったので、辺りは静かだ。存分に物思いに耽ることができた。
おもむろに懐から笛を取り出す。
片膝を立て、笛を口許に宛てた。
流れ出した音色に、庭を跳び跳ね遊んでいた雀が楽しげに舞い始める。
範子の音色は、ひとの心に訴えると言われたことがある。
対して。
範子は思う。
あの子の笛の音は、その場の空気をすっかりと変えてしまう。例えば、燎原の炎を消し去る涼風のよう。
脳裏に思い浮かべるのは、美しい姫の姿だ。
姫でありながら男でもある、敦宣のことだった。
『ええ…けれど、わたくしにもその根源がわからないのです。故、その手掛かりを得るために、今はこうして地道に祓っていくしかないのです』
蔓延る怪異の元凶について、敦宣はそう言った。
あの時は頷いた。けれど、内心では納得していなかった。だって明らかに敦宣は話題を逸らそうとしていた。一度も範子の方を見ようとしなかったのが良い例だ。
あまり踏み込んではいけなかったかな…。
範子は彼が内密に行っているあやかし退治に関しては完全なる新参者だ。一抹の寂しさを感じるが、一旦引き下がるしかない。
そういえば、範子は敦宣のことを何も知らない。
とても美しい姫に見えるが実は男で、楽の名手だということは知っている。けれど、それだけ。あの宴の夜に出会って間もないとはいえ、何を嬉しく思い、何を悲しく思うのか、彼の内面に関することは何も知らないのだ。
せっかく友だちになったのに、それはとても残念なことだな。
ぼんやりと庭に視線を投げ思う。敦宣のことをもっと知りたいなと。
「善い音色だ」
背後から声がしたのはそんな時だ。
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