10.

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張られた天幕の内で、侍従の君改め範子はそれらの呟きを拾って息をついた。 意味もなく玉砂利を蹴りあげる。もしこの場を同僚にでも見られたらそれは仰天されるだろうが、今、彼女の周りにひとはいなかった。 大祭が始まれば、後は控えているばかりなのだ。 怪我を負った右腕を上げてみる。手の平を開いたり閉じたりと繰り返す。 痛みはもう遠い。けれど、感覚がまだ戻らない。 これでは笛は満足に吹けぬだろう。 宮中に復帰して周りはそれは喜んでくれた、けれど同時に範子の未だ治らぬ腕を見て、此度の大祓での笛の演奏は難しいだろうと落胆した。 皆、大祓での演奏を楽しみにしていてくれたのだと思うと申し訳なくなるというものだ。 「口惜しいのは私だってそうだよ。あーあ、誰か私の代わりにやってくれないかなあ」 「ならばわたくしが代わりましょう」 「えっ?」 ばっと音がしそうな程の勢いで振り向く。天幕の暗がりに大きな市女笠を被った人影があった。その傍らに見事な蝶が翔んでいる。「やっほー」と野太い声が聴こえれば間違えるはずもない。 「敦宣、胡蝶、どうして此処に…」 市女笠を取り、敦宣が少し悪戯っぽく微笑んだ。肩下で切り揃えられた髪が揺れる。あやかしに切られ、長かった見事な髪は短くなってしまった。 「本日は大祓ゆえ、範子さまの助太刀に参りました」 そして、範子の傷のある腕をそっと押さえ、真剣な顔付きになった。 「どうぞ、わたくしにお任せくださいませんか?」
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