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「――――侍従の君よ、此方におったか」 姿の見えなかった臣下を探し、今上帝は天幕の隅にやっとその姿を見付け出すことが出来た。 また護衛もつけずに来たのですか。と慌てふためきながらも呆れを滲ませる臣下の小言が好きだとは帝だけの秘密である。 しかしながら、今、帝の声に振り返った侍従の君は何時もの小言を言うことなく、その口から出たのは異なる言葉であった。 「――――義兄上様、お願いがございます」 侍従の君の後ろには、市女笠を深く被った姫君の姿があった。 天まで届きそうな朗々とした新斎宮の祝詞奏上が終わり、大祓も終わりに差し掛かった。 与えられた米を手に、大衆が口々に新斎宮を讃えながら場を去ろうとする。 その時、町に帰ろうとした民衆や、宮中の奥に引っ込もうとした貴族たちが聴こえてきた音色に足を止めた。 「これは…」 「おお、なんと…」 そこここで感嘆の声や溜め息があがった。 それは笛の音だった。 しかし多くの者は、それが直ぐに笛だとは気付くことが出来なかった。音色は余りに美しく透明で澄み渡っていた。例えるならば、そう、それはまるで大陸の神獣、竜の啼き声のようだと誰かが呟いた。 「このような音色を誰ぞが…?」 「まさか侍従の君か?」 「いやしかし、君は腕を負傷しておったはず」 「ならば、これは誰が…」 貴族たちが囁き合う。 涼やかな風が内裏に吹き抜けた。何もかもを洗い流すような玲瓏とした涼風が、笛の音に誘われるように吹き抜ける。 澱んでいた何かが浚われていく。 誰もが何かを言われずとも口を閉ざす。皆、響き渡る音色に耳を澄ませた。
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