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※ ※ ※
「はい、あーん」
「ちょ、ちょっと待って…自分で出来るから…」
少しの日が経った。
右大臣邸、世間から胡蝶の君と呼ばれる姫君の対屋では、活き活きとした声と対照的に辟易とした声があった。通り掛かった女房がくすりと忍び笑う。
甘味に乗った匙を受け取ろうとして、ついと遠ざかり空振りに終わる。視線の先では、匙を遠ざけた美しい姫君が座している。その表情に一歩も引かない気概を感じ取り「敦宣~…」と姫君の対面に座った公達が情けない声で姫の名前を呼んだ。
「もう大丈夫だよー…」
「いいえ、範子さま」公達の名前を呼び、姫君―――敦宣は険しい顔をしてみせる。
「いけません。まだお怪我が治っていないのですよ」
「それはそうだけど…」
「ですからきちんと治るまで、わたくしが範子さまの手となり足となります」
「え、ええー…?」
「お任せくださいませ」
にっこりと綺麗な笑顔で押しきってくる敦宣に範子はがっくりと肩を落とした。
でも、と。範子の表情は明るい。
敦宣はこの頃こんな風に朗かに笑うようになった。
大祓以降の話だ。
敦宣の姉、三の姫は、容態が回復するのを待って出家した。本人が望んだことだった。霊験あらたかなとある寺に向かう彼女の表情は、入内する時よりも穏やかであったという。
邸を出る前の彼女と話したという敦宣は、これからは折に触れ会うことも叶いましょうと後に語った。
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