第12章 あの雨の日の約束を

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*** 「なんとか、輸血も間に合ったが……」  診療バッグを手元に寄せた四十代に差し掛かったくらいの男性の医者が、ため息とともにそうこぼす。 「破傷風も心配だ。アルヴィン、この子はバンズリー辺りに運んであげた方がいいんじゃないか」 「ああ……でも、やはりここで面倒を見てあげたい」 こちらを見上げているマイルズが何も言わずに小さく唸る。彼は、いわゆる施設にとってのかかりつけの医者だ。アルヴィンが三十代にしてこの施設を立ち上げてからの縁で、同い歳ということもあって、いろいろと良くしてもらっている。付き合いも長いせいでよくわかるが、この反応は簡単には折れてくれない前触れだ。 「いや、何かあればすぐ来てやるし、そこに反論するつもりはないんだが……」 マイルズが声のトーンを落とす。 「この傷は、ただ事じゃない」 「……分かっている」 マイルズが深く息を着く。 「これは、転落事故とかそういう傷じゃない。刃物で切られた傷だ。しかももっと解せないのが……」 「治癒魔法の痕跡がある」 呆気に取られたような間が差し込む。アルヴィンは、ベッドに沈む男の子の疲労しきった表情を見ながらゆっくり口を開く。 「君も、なんだか手間取っていたようだったからね。それに、傷口の割には出血量が多いように見えた」 「なるほどね。さすが、よく見てるな」 マイルズがゆっくり片付けに取り掛かる。 「それに気づいてもなお、ここにいさせてあげたいのかい」 マイルズが疑問に思うのは当然のことだ。なんらかの事件に巻き込まれたような子供。ほかの子供の安全を考えれば、ここに置いておくのは得策ではないのは分かっている。だが、そう簡単に判断できない理由があった。 「君は、見てないからな……」 「何を……」 マイルズがこちらを見上げているのを感じる。だがそれでもアルヴィンは男の子から目を離せない。 「バンズリーに行かせるかどうかは、もう少し待って欲しい」 この子が意識を戻して、会話ができるようになるまで。この子にとって相応しい居場所を見定める時間くらい、欲しかった。 「分かったよ。ま、俺は医学でなら君に勝てるけど、人の心をつかむ上手さでは敵わないからな」 「ありがとう」 マイルズを見やれば、仕方ないなといいたげな顔で小さく笑われる。
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