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「そんなに心配するな。すぐに治まるだろ。だがまあ――」グラントが短い顎鬚に手を添える。「〈暗黒の使者〉が出てくれば厄介だがな」
その単語に、ピクリを眉が動く。ここが私室でよかった。そう安堵しながらも、組んだ足でグラントの太い足に蹴りを入れる。
「おっと、どうした」
「“それ”を迂闊に口にするな。洒落じゃ済まされないぞ」
「あ、ああ……すまない」
一つ溜息をついてグラントから新聞を取り上げる。これ以上ここで話を引き延ばすと重苦しい話になりかねない。
「ま、危機感としては持っておいた方がいい。もしそうなれば、こうしてゆっくりコーヒーも頂いていられなくなるかもな」
「いやいや。エリザなら、優雅に啜ってそうだ」
フンと鼻で笑い飛ばし、エリザはデスクに向き直った。
だがグラントが発した言葉――〈暗黒の使者〉が頭の隅で悪戯に主張してくる。最後にその者が出現し、国中が混乱に陥ったのは何年前のことだったか。思わず記憶を辿りかけるが、はたと我に返り雑念を振り払う。
「そういえば何をしに来た」
「なんだ、世間話だけのために来たのだが」
やはり彼といるとペースにハメられていく。筋骨隆々に厳つい怒鳴り声。新入生なら誰しも怯える存在、セオドア・グラント。然してその正体は――ただの天然教師だ。
「コーヒーを飲んだら帰れ」
「お言葉に甘えて」
勝手知ったる自室のようにコーヒーを入れに行くグラント。
時計を見ると、午前も半ばを過ぎている。授業がないうちに仕事は終わりきらないと心の中で嘆きながらも、デスクを離れソファへと腰かけた。
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