7.隠れた記憶

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  「良かったな、イチさんになって。親父さんも分かってるんだよ。イチさんならお前に落ち着いて教えてくれる」 「うん。イチさん優しいんだ、いつも」 「苦労してるからな。優作も悪い奴じゃないんだ」 「知ってる。蓮がね、手術して入院してる間、優作さん寝る前にいつも部屋に来てくれたんだ。『大丈夫だ、大将は絶対に良くなって帰って来る。心配要らない』って」 「そうか……ここはあったかい人ばっかりだな」 「みんないい人だよね。だからここが好きなんだ」  洋一が呼びに来た。 「ジェロームさん、イチさんが用意できたから外で待ってるって」 「すぐ行きます!」 「気をつけるんだぞ」 「はい。行って来ます、蓮」  ドキドキする。いつも助手席だ。けれど今は運転席に座っている。 「エンジンのかけ方、覚えてるかい?」  キーを持つ手が自然に動いてエンジンがかかった。 「体が覚えてるんだな。あっさり乗れるかもしれない。さ、道路に出てみようか。この辺はこの時間になると車も減る。きっと走りやすいはずだ」  興奮しているのが自分で分かる。ハンドルを握る手がもう汗をかいている。 「焦るな。事故になっちゃつまんねぇからな。アクセルとか分かってるか?」 「うん、分かるような気がする。ここに座ったらちょっとずつ思い出してきた」 「そうか。見ててやるから踏ん切りがついたら動かしてみろ。おかしい時だけ口を出すから」  頷いてちょっと深呼吸。後は体の動くままにハンドルを掴み直した。イチの言う通り、この辺りの夜は静かだ。すぅっと車が滑り出した。   
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