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「後さ、頼みがあるんだけど」
「頼み?」
「なんか書くもの持ってない?」
冴木はよくビジネスバッグに持ち歩いているレポート用紙を出した。
「これでいいかい?」
黙ってそれを掴むと差し出されたペンで何かを書き始めた。
このお坊ちゃまのトラブルを処理するようになって一つ覚えたことがある。それは必要以上に関わらないことだ。本人が秘密にしたい部分には触れない。そうすれば自分の身を守れる。知っていることしか対応できないし、余計なことで経歴に傷をつけたくない。
だから書いたものを「見てくれ」と言われない限り見たくも無いし、何も質問をしない。
書き終わったらしくペンを転がしてきた。
「冴木さん、高也って覚えてる?」
「たかや……ああ、君の友だちか?」
「後輩」
「そうだった、時々小遣い強請って来るって君が愚痴をこぼしてた子だろ?」
「あいつにこのメモを届けてほしいんだ」
「届けるって……」
「玄関の郵便受けに放り込んでくれればいい。中、見たい?」
首を横に振った。相田も冴木の反応は知っている。中身も絶対に見ないだろう。
「それでいいんだね?」
「そ。それだけ」
「このまま?」
「そのままでいいよ。見たかったら本当に見ていいよ」
「いや。忘れなかったら届けるよ」
この言葉も保険だ。絶対にするとは言わない。ただ従わなければ親にどう報告されるかは知っている。前に一度痛い目に遭った。危なく職を失うところだった。
面会を終えてその足で控えていた住所に行き、チャイムを押すことも無くメモをポストに落とした。
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