プリントをなくした

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私の家は貧乏で、薬を買う金はなかった。 それでも幸せに暮らしていたのだが、一家丸ごと襲われた。 わたしと兄を守ろうとした両親は真っ先にピンを刺されて死に絶えた。 逃げ惑う私と兄。 容赦無く追ってくる悪人。 走りながら兄は何かを拾い、木陰に私を引っ張り込んで囁いた。 「いいかい。にいちゃんにこれを刺してお前はこれを持ってあいつらのところに行くんだ」 意味がわからない。 両親が目の前で殺された今、私は絶対に兄を殺したくなかった。 「いやだ!!」 震える声で言う私に、お前がやらないなら俺がお前ににやる、優しい兄から聞いたこともないような低い声で脅された。 私は泣きながら兄にピンを刺した。 それでいい、と微笑んだ兄はそのまま死んでいった。 言われた通りに襲ってきた者たちにピンを刺し出すと「こいつは筋がいい」と言われ、私は殺されなかった。 代わりに訓練をさせられた。 こうして私は奪う側に回ったのだ。 青春は命じられるがままにXを奪うことだけに奔走した。 うまくXを奪えば寝食が保証され、地位も与えられた。 私は罪悪感など忘れて無心で奪い続けた。 奪い続けた後は実際に売り込む仕事を与えられた。 金持ち相手にXを売るのだ。 ほぼ機能はしていなかったが警察を一応警戒するために、同じ金持ちに扮した。 豪華な装いにマナーを叩き込まれ、華々しい社交界に紛れ込んで売り込むのだ。 売るのも潜入も簡単だった。 金持ちたちは通報などしない。 世間話などもするようになり、Xについて知らなかったことを知るようになった。 Xを摂取することで一時的に得られる多幸感にハマり、Xを過剰摂取しすぎて死にそうになる人の話。 生きたくもないのにXを渡され続けてもう直ぐ200歳になる夫人の話。 Xを与え続けることで心身は衰えないので見た目は20~30代ほどだったが、もうすぐ200歳になるらしい。 そして死にたくてたまらないらしい。 その話を聞いているうちに気分が悪くなり、私はその日早々に家に帰った。 豪華な装束を脱ぎ捨てて、久しぶりに家族を思い出した。 何故だ?何故生きたくもないのに他人の寿命を貪り続け、挙げ句の果てに病気になるような人間がいる一方で奪われ続けて死ぬような私の家族のような人間がいる? ピンがあるからだ。 こんなものを人間が持っているから悪いのだ。
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