タレント研究者をめざして

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タレント研究者をめざして

 わたしは博士課程をおえて、郊外にある総合大学の非常勤講師に決まった。例によって教授の口利きだけれども、わたしの前途は洋々としていた。  そう、教授はわたしにとって、ステップの踏み台にすぎなかった。大人のオンナになるための――。 歴史学界はマスコミに取り上げらることも少ない地味なステージだが、タニマチはお金持ちばかりだった。囲碁の女流棋士と女性歴史学者は、財界人のあいだではモテモテだ。わたしは企業が主催する講演会にも呼ばれるようになった。 戦国の歴史をビジネスに例えるのが得意なタレント教授との組み合わせで、わずかな講演料ながら名前が売れればテレビからのオファーも生まれる。しかしそれが仇になった。わたしはまともな研究論文を書けないまま、後輩が専任講師に迎えられるのをかたわらで眺めていたのだ。  タニマチに誘われるにつれて、ますますわたしの研究活動はおろそかになった。誘われるままに、海運会社の会長の北軽井沢の別荘で、一週間をすごしたこともある。八十五歳の会長はひがな一日、わたしと『愚管抄』の訳本の読みくらべに興じたものだ。「手に触れてもいいかね」と言うのが、ゆいいつの会長のセックスだった。 ヨットで初島に誘ってくれたのは、史学会の財政的なブレーンである商社の社長だった。こちらは精力家だったから、朝まで寝かせてくれないこともあった。そんな生活をしているから、帰郷すると父に言われたものだ。 「おまえ、どんな男と付き合ってるんだ?」  ブランドもののバッグを手に、父は検察官のような目をしていた。 「それ、贋ブランドなのよ。香港に行った友だちにもらったの」  母親は無関心だったが、わたしを男の子のように育ててきた父親は、娘の変化を敏感に感じとっていた。ある日、東京のマンションを父が訪れていた。管理人に無理やりカギを開けさせて、わたしの生活を家宅捜査したのだ。
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