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実家に連れ戻される
男を部屋に入れることはなくなっていたから、物証が出てきたわけではないけれども、わたしは自宅からの通勤を申し渡された。仕送りの停止である。
週に三コマの講師料では、都心のマンションの賃貸料はまかなえない。かといって、タニマチの妾になるほどの覚悟はなかった。
「わしは綾子が夢を実現するのには、支援を惜しまない。ただし、まともに研究活動をしていればの話だ。最近は論文も書いてないだろ。教授に電話をしてみたら、おまえのほうで指導を拒否してるんだって。とにかく、本筋をはずれるのなら支援はできん」
「わかってるわよ。でも、大人の付き合いもあるのよ」
「とにかく、自活できないうちは、勝手はゆるさん。うちにもどってこい」
「自宅から出勤しろと言うの?」
「その出勤先がきまるまでだ。専任講師になれないうちは、食べていけないんだろ」
「……!」
気がつくと、もう三十歳の目前になっていた。結婚相手になるボーイフレンドが、簡単にできるような歳ではない。孤立しがちな職場環境も、わたしを追いつめていた。大学ではわたしを見ている誰もが「まだ専任になれると思ってるのかな」という表情をしているように思える。
わたしを支援してくれる小父様たちも、やがて仕事を引退すると疎遠になってしまった。彼らはオトコを引退するかのように、わたしに連絡をくれなくなっていたのだ。
実家にもどってはみたが、父は休日になると「きょうは出かけないのか?」と、わたしに訊くようになった。つまり「結婚相手をさがしに行け」と言っているのだ。はやく片づいて欲しい、男親のホンネなのかもしれない。わたしもこのままでは、パラサイトシングルのままだ。
夏はハイレグのワンピース水着をつけて、まぶしい日ざしのなか海辺に出かけてみる。うっかり素肌を焼いて、シワとシミにおびえては後悔する。
冬は身体の線が出るスポーツウェアで、アフタースキーのゲレンデに化粧をして行ってみる。たまに寄ってくる男がいても、性欲をもてあました若者ばかりで、結婚対象にはなりそうにない。この歳になるまでに、わたしはオンナを浪費してしまったのだろうか――。
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