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「下がれ」と ボティスがオレらに言って
動けなかったオレを 後ろに引いて下がらせる。
手のひらに汗をかいてた。動悸がひどく
いつの間にか 息も荒い。蔵石のように。
オレが感じているのは、自分の恐怖だけじゃない。
ミカエルがボティスの隣に立ち
ハティが そいつの後ろに降りた。
『脂質が溶けた汗の匂いだ。緊張しているな?
扁桃体を刺激した際の 原始的な反応の ひとつ。
さあ、逃げるか、戦うか... 』
揺らいで見える そいつは、蔵石の後ろから
蔵石の首の匂いを嗅ぐ。蔵石は眼に愉悦を浮かべた。 殺らねぇと と、過った瞬間
突然、身体が ふわりと浮き立った。
夢見心地 といった風に。
身体の緊張も解けて、筋肉が弛緩する。
『これは エンドルフィンの匂い。
そうだ、お前は私のもの。また身体を貰ったのか。
お前の骨は、噛み砕かれる音を覚えている』
βーエンドルフィン。脳内麻薬ってやつだ。
死に瀕する程の危機に陥ると
痛みや恐怖を麻痺させ、多幸感に見舞わせる。
蔵石は、諦めを選んだ。
陽炎の手が蔵石の肩に掛かると
朋樹の赤蔓が しゅうしゅうと煙を上げて
地面に落ちる。
「... 作用する」と、朋樹が呟き
式鬼札を出して飛ばすと、尾の長い炎の鳥となって、そいつの揺らめく身体に追突して消えた。
式鬼鳥が追突した胸の部分から 拡がるように
陽炎の身体が、一瞬だけ実体を持ったように見えた。青黒い肌の身体。
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