理解

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ホームルームが終わると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、吉野さんは笑っている。あのつかみ所のない笑顔ではなく、嬉しそうに。 「結城くん、あのね。もう、気にしなくていいから」 「え?」 「私のために、考えてくれただけで嬉しかったから」 「美優」 僕らの会話を遮って、さっきも来た女子が割り込んだ。山本だ。クラスで割と目立つ、賑やかなグループのリーダー格。 「数学の教科書、見つかった?」 「……ううん、まだ」 「もう、本当にグズだよね。隣の京ちゃんに迷惑かけるじゃん」 山本はちんまりしている吉野さんの頭をつかんで、わしわしとかき乱す。吉野さんはされるがままに「ごめんね」とまたあの笑顔だ。 「今日、本屋さんで新しい教科書買ってくるよ」 「本屋に教科書売ってると思ってんの!? バカすぎる! ウケる!」 耳障りな、高い笑い声。そして山本は「聞いて聞いて」と言いながら別の人の所へ走っていった。 僕の後ろで、こんなことが起こっていたのか。全然気づかなかった。自分の無関心さに良心がギリ、と痛んだ。 でも多分、ここで僕が口を出すとまずいことになる。吉野さんは孤立してしまうかもしれない。現に彼女は耐えている。無責任な正義感だけで注意することはできない。 熱を持った僕の拳。ぎゅ、ときつく握る。 僕は空を見上げた。 吉野さんを小さな世界から広い場所に。 昨日のじいちゃんの言葉が頭の中に浮かんだ。
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