プロローグ

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 一つだけ、遠い昔の記憶の中に、あれがもしかしたら恋だったんじゃないかと言えそうなことがある。小学校の、おそらく四年になるかならないか辺りの時の思い出なのだが、今までの恋愛未遂、いいなと思ったり告白されたり学校で一番綺麗なのは誰かと友達と話し合った時に感じたものが、その思い出を凌駕しないから、やはり好きではない、と無意識に判断をしていることについこの前、生物の授業を受けている時にふと思った。  随分前のことだし、小学校のことなんて五年六年のことだってあんまり覚えていないからやたらとぼんやりとしているけど、どうしてかあのことだけは未だにふとした瞬間に思い出せる。  あれは俺が迷子になった時のことだ。 「あはははははは!」  友達の家からの帰り道、少し入り組んだ、同じような家が立ち並ぶ場所だったから簡単に迷ってしまった。このまま家に帰れないイコール死くらいに思っていたはずで、泣きじゃくりながらも歩き回ってどうにか辿り着いた公園で、途方に暮れていたかは定かではないが、くたびれてベンチかブランコに腰掛けてひっくひっくとひきつりながら涙を流していたはずだ。そんな時、助けてくれた女性がいたんだ。優しい声音に天使の様な微笑みを浮かべていたに違いないその人はそっと頭を撫でてくれ、手を引いて俺の通う学校まで連れて行ってくれた。おそらくあの頃はまだ自分の家の住所なんか覚えていなかったのだろう。何を隠そう住所をそらんじられるようになったのは中学生になるぎりぎりだから。そこまでくればもう安心とほっとした俺にその人はこんなことを言った。 『今度は君が、誰か困った人を助けてあげること。それまでに、強い男の子になってること。約束』  文言をしっかり覚えているわけではないが、こんなことを言われた。  あの人に抱いた感情が幼いながらの恋心というやつであって、言わば初恋を忘れられずにいる状態だからこそ、恋が出来ないのかもしれない。  そう思っているのだが――。 「あーははははははっはー」 「うるせえな! 今物思いに耽ってるんだよ!」 「くっだらねえことしてんなあ! こんな青い空の真下で」 「もう夕焼けに染まり始めてんだろうが!」 「細かいこと気にしてんじゃねえよあはははは!」 「笑いながらバット振るんじゃねえっていつも言ってんだろ怖ぇよ!」 「なんだよお前もやるか? 超楽しいぜ!」 「素振りなんか楽しいもんか」
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