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暑いのとうららのせいで理性がきいていないらしい。一度深く呼吸を、空気さえも暑いな最悪だ。さっさと家に行こう。話は歩きながらの方が、少しは落ちつく。顔も見ない方が良い。
「したくないわけじゃない。むしろしたい」
「だからあたしが良いって言ってんだろ」
「あのままだったらしてた可能性はあったけど、お前がそれをぶち壊したの。それに今日はそういう理由で呼んでない。ついでにみたいなのは嫌だ。だから今日はしない」
「だからなんでそうなるんだよ!」
「しないったらしない」
「……わけのわかんないとこで頑固になりやがって」
「お前の彼氏はこんなだよ」
「ああそうかいわかったよ。せっかく可愛くしてきたのによ」
「それは嬉しい」
「ばーか」
マンションに着いてエントランスを抜けてエレベーターに乗る。無機質な音が響いてくるなかで俺はすっかり冷静になっていた。だがうららは不満を隠そうともせずに眉根を寄せていて、可愛い恰好をしたヤンキーがそこにいた。
「もう夏期講習始まっから、会うのだって難しくなるのに」
ぶつぶつと、しかし確実に聞こえるようにそう呟いてきた。
不機嫌なうららには悪いが、その姿にときめきを覚えて、綻ぶ顔を見られまいと前を向いてエレベーターのドアに移る自分達を眺めた。うららは気がついていない。ドアが開いてから話しかけることにした。
「夏期講習、遅くまでやるんだろ?」
「まあ暗くなってもやってるだろうな」
「じゃあ家まで送る」
「……毎日?」
「毎日」
家の鍵を開けて、振り向くと、呆気に取られたような顔をしていて、目が合うとすぐに破顔させた。
「アホ」
「お互い様だな。入れよマイハニー」
「アホくさ。くくく、あははは」
どうやら機嫌を直してくれたようで一安心だ。
部屋はリビングを通らないといけないから家族がいない日を選んだが、突然帰ってきているかもしれないと慎重に人の気配を確認する。別に彼女がいることを隠したいわけでもないが、やはり紹介するのは気恥かしいし、何より今日はいないとわかっていて連れ込んでいるわけだから、こっちがどうあれ確実に誤解されるだろう。ニヤニヤした母の顔が思い浮かべたくもないのに浮かんでくる。
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