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立ちながら、声もあげず涙を流している。子供らしからぬその泣き方はある種異様さを内包していた。あ、膝から崩れた。あの歳で何かに絶望したっていうのか。落ちつけまだどうにでもなる。
なにせどうにでもなった結果が俺だから。
過去の俺に、会えてるじゃないか。わりと簡単に。
近づいてみると絶望というよりは安堵しているようで、ぼそりと「良かった……」と呟いていた。
ちょっと話しかけてみよう。
「大丈夫かい?」
「ああ、すいません。ついほっとしてしまって」
なんとも子供っぽくない話し方だ。今は五年生、いやまだ四年生か。春休みの期間だ。まあ知らない人に話しかけられたら今もこんなだろうけど、それにしたってなんとまあしっかりとした話し方をするガキだ。泣き方といい話し方といい可愛げのない。芝居がかっている気さえする。
しかし、ほっとしたとはなんだろうか。涙を流す程のことなんかあっただろうか。本当に、小学生の時の記憶はどうにも曖昧だ。そろそろ中学の頃のことも危うい。過去に興味がないんじゃないかと最近考えてる。
「ほっとした?」
「さっきまで迷っていまして。ある女性に助けていただいたんです。本当に、救われました」
なんだか知っているような話だな。
「その人はもしかして優しい綺麗なお姉さんだった?」
「えっと、ちゃんとは覚えていないんですけど、眩しくて、確かに僕には、女神のようでした」
間違いなさそうだ。
それにしても、ああ、俺はこの時にすでに無意識に、恋しちゃってたんだな。
俺のくせに、涙目のくせに、そんなはにかむような顔しやがって。
「そっか。無事に帰ってこれて良かったね」
「はい」
「今度は君が誰かを助けてあげるといい。そのためには、心の強い人になるんだよ。そしたらきっと、また会えるさ」
「本当?」
「ああ。お兄さんが約束しよう」
その人に会えるとは言ってない。でも、本当に恋する相手に出会えるのは、確かだよ。
ちょっと、いや大分頭ぶっ飛んでる奴だけど。
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