3.

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 背筋が凍ったように冷たくなった。  一瞬しか見えなかったけど、まるで幽霊のようにゆらりと角に消えていった。  後を追って良いのか、あれは。いやいや、追わないとダメだ明らかに異常だろ。見間違いならそれでいい。だけど、そうじゃなかったら、そうじゃなかったら、どうしたらいい? わからないけど、行かなきゃいけないことに代わりはない。  走って追いかければすぐに追いついた。何せ、角を曲がって数十メートルのところでうららは呆然と立っていたのだから。息を吐いて歩いて近づくが、様子がおかしいのは間違いない。  目は見開いているというのに、口元は、歪な笑みを浮かべているのだから。 「どうした、うらら」 「…………これ」 「この家が、どうしたんだ?」  何かが割れる音と、何かが落ちた鈍い音がその古い家から聞こえてきた。体が反射的に強張ってしまう。中でいったい何が起きているんだ。 「あたしの、前の家だ」 「え?」  気を取られていたけど、前の家って言ったか? 前の家、って、それってつまり、 「やっと、やっとだ」  ふらりとうららが足を踏み出す。 「あは、あはは、あはあはははは」  いつも聞くような高らかなものではない。低く、地面をうぞうぞと這いまわるような気味の悪い笑い声。  ゆっくりと袋からバットを出した様子は、鞘から刀を抜いたかと錯覚した。  試し振りと言わんばかりに片手で一度、二度と振ってみせる。 「おい、うらら」  俺の声は聞こえているようには見えなかった。背中を丸めてバットを地面に引きずって、玄関のドアを開けようとして、開かなかったらしく、そのまま道路に面した窓ガラスの前に立つと、フルスイングの構え。おいおいおいおいまさか待て「うらら!」  やっと声が出た時には硝子は見事に割られる大きな音。中の様子が遠目にも少し見える。慌てて近づくとそこは恐らくリビングなのだろうが、ガラスが散らばっているのもそうだがそれとは別に物が散乱していて汚かった。そのリビングの真ん中に、家主だろう、中肉中背で目つきの悪い、休みなのか髪もぼさぼさでスエット姿の男が呆然と、うららを見つめて立っていた。  よくみると、男の後ろの方、台所には、丸まって転がっている少女がいた。  なんだ、この状況は。認識出来ても理解ができない。どうなっているんだ。  男が俺よりも先に事態を飲みこんで、今にも怒鳴ろうと口を開いたその瞬間だった。
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