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バットが振り上げられ股間に当たった。見ているだけなのに股間を押さえてしまいたくなる光景だ。喰らった本人は堪ったものではない。前かがみになり声も出せずにいる。
そして、その低くなった頭は、格好の的だった。
しっかりと握ったバットを、振り抜いた。
男が倒れて、テーブルなどの家具に突っ込んでいく。口か鼻か、あるいは両方からか出た血が辺りに飛び散った。
俺は言葉を失っていた。
その間にも、うららは休むことなくその男をバットで殴り続けていく。振り上げては下ろし、振り上げては下ろし、体を縮こませたくなる鈍い音を響かせながら。
背中しか見えないが、憎しみが全身から滲み出ているのがわかった。
どれくらいそれが続いたのかわからない。終わりは、バットが振り上げた時にすっぽ抜けたことで訪れた。天井や壁、家具に当たって俺の脚元に転がってきた。バットを失ったうららは勢いのまま後ずさり尻もちをついた。
電池が切れたみたいに動かなくなってしまった。
「う、うらら?」
「はっ。はは、ははは」
力の無い笑いと共に振り向いた表情に、息を飲む。
「おい見ろよこれ! これ! あの蛆虫野郎だ! やっと会えたぜあはははっ! この人型蛆虫を殺したのあたしだ! あたしだったよ! あはっ、あはははははっ! 最高の気分だ! あはははははあははははあはあはははあっ!」
気が狂ってしまっている。そう見えた。
恐ろしかった。この状況も、うららも。この空間にあるもの全てが、気持ち悪くて不気味でわけがわからなくて足が震える。
体が逃げ出そうと一歩下がったが、その時、耳が笑い声の変化を聞きとって一歩だけで踏み止まらせる。徐々に震えてきている。気のせいじゃない。
唾を飲み込む。
「うらら」
俺の声も震えている。
「あはは! あはははははは!」
「うらら」
「はははっはははっははははっ」
「うらら」
「なあ、ハルアキラ。どうしよう。あたし、本当に、頭がイカレちまったみたいなんだ」
再び振り向いたうららの顔を見て、俺の体は考える間もなく動き出してしまっていた。
「最高の気分なのに、手が震える。笑いも止まらないけど、涙も止まらない。あはははは! もうわけわかんねぇえよ! あはははははっはははははっ!」
強く抱きしめたが、震えは止まらず、涙もぼたぼた垂れてきていて、笑い声がうるさい。
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