422人が本棚に入れています
本棚に追加
/248ページ
つまらなかったのか、晴菜が椅子の上で立ち上がり、母親の襟を引っ張って「ねーねーいつかえるのー?」と、ごねだした。
秋山は「もうちょっと待っててね」と、健太が聞いたこともないような声をだして晴菜を諭した。頬を膨らませ、晴菜はむくれて座りなおす。
その顔が特に秋山に似てて、健太は「茅子そっくりだな」と言ってケタケタ笑った。
「あんた結婚しないの?」
晴菜に顔を向け、「ごめんな」と言ってほほ笑んでいると、唐突に秋山は訊ねた。
「子どもはかわいいわよー。あんたもそろそろ結婚しなさいよ。やっと落ち着いてきたんだから。今のあんただったら、言い寄ってくる女の子も多いんじゃないの?」
「いねえよ」
カツカレーの最後の一口を口に入れる。左腕の時計がズシッと重くなった気がした。
「ほんと? 女の子たち見る目ないわね。それともあんたが見る目ないのかな」
「どっちでもいいよ」
興味がなかった。健太は水を飲み、抑揚のない声で返した。
「でもほんと、一回くらい結婚したほうがいいわよ。バツついてもいいからさ」
グラスをテーブルに置く。意外と強い音がした。
「お前それ独り身の女の人に言わねえほうがいいぞ」
相変わらずキツイことを言う秋山に、健太は苦笑した。
「こんなこと、あんたみたいな男にしか言わないわよ。女だったら、結婚してようがしてまいが、絶対に言わないわ」
そして一息つくと、秋山は眠たそうに首を前にこっくりこっくりさせている晴菜の頭を撫でた。小さな体を優しく抱き寄せ、自分の膝に乗せる。
「ま、大切な人がいるって人間の活力というか、原動力なのかなって、この子を産んでからすごく実感してる。あんたにもその感覚を体験してもらいたいのよ」
「確かにそうかもな」
秋山の顔を見ていると、ゆるぎないものを感じた。母親は強いというけれど、その通りだと思った。
最初のコメントを投稿しよう!