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酒をのむと、夢や自分の考えを再認識させられる。そして語りたくなる。高橋健太の酔っぱらい方はそうだった。
ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを飲みくだして「うんめぇっ」とうなると、ジョッキをテーブルの上にダンッと置いた。
今日のビールは、ここ最近で一番うまい。一センチほど残った中身は、ゆらゆらと揺れている。
「だから俺いつも言ってんだろ? 菊さんはぜってえ才能あるって」
前のめりになって、自分の才能をわかっていない菊池稔に、いかに菊池自身がすばらしいかを説明する。
菊池は細い目をさらに細め、半笑いでフライドポテトをかじった。フライドポテトを持つ指は、男らしい角ばりの中に女らしい艶めかしさがある。
「健太、飲みすぎ」
健太は菊池の注意を無視する。
「今日マサオも聞いてたろ? 菊さんの『殺してやる……っ!』って」
『殺してやる』のところだけを演劇風に言いながら、隣で眠たそうなマサオの腕を肘でつついて、同意をもとめる。頬の上をまっ赤にさせたマサオは、酔っぱらい特有の抑揚で「もぉちろんっす」と頭を縦に大きく振った。
健太はテーブルの真ん中にある焼き鳥に手をのばし、小さな肉の塊にかぶりつく。最後の一本だったので、めんどくさそうにこちらを見ていた若い女性従業員に「焼き鳥の盛り合わせと生三つ持ってきて!」と、左手を上げて注文した。不機嫌そうな「はあい」が返ってくる。
二十四時間営業のチェーン居酒屋には、客がほとんどいなかった。平日の深夜となると、その光景も珍しくない。
「まだ飲むの?」
菊池は驚いて健太の顔をうかがった。
「あったりまえじゃん。俺、芝居観てこんなに感動したの久しぶりだもん。なんか今日は飲みたい気分なんだって」
「まったく」
大げさなことを、と菊池は息を吐いた。
今日は菊池の誘いで、劇団ツワブキの公演を観にいった。地元ではそこそこ有名な中規模劇団で、健太が四年前に辞めた劇団だ。懐かしい気持ちと、芝居から得られた感動が混ざり合い、感慨深くて途中からは涙がでた。特に菊池演じる『復讐の鬼』はすごかった。鬼気迫る演技で、菊池が舞台上でしゃべるたびに、背筋が冷たくなった。
自分もいつか、あんなふうに演じられたら……。
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