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今の仕事で食べていけるようになってから、健太は実家の母親に電話した。その時なんとか和解したけれど、まだ具体的に親孝行をしていない。長いこと心配をかけた分、今度両親を連れて、旅行にでも行こうかと考えている。
「時間大丈夫?」
秋山の声にハッとして、健太は腕時計を見た。
「あ、そうだな。そろそろ行かねえと」
伝票を持って、レジに向かう。晴菜を抱っこしたまま財布を出そうとする秋山に「いらねえよ」と言って、出させなかった。
秋山は「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」と頭を下げた。軽くジャンプして、晴菜を抱きなおす。
ファミレスから出ると、秋山が健太の左腕を覗き見た。
「さっきも思ったんだけど、そんな時計持ってたんだ。センスいいわね」
健太は見せつけるよう、左腕を顔の横にもってくる。得意げにニッと笑った。
「だろ」
時間がなかったので、秋山とはそこで別れた。
当時は勢いで結婚したように見えたが、それなりに楽しくやっているのだろう。幸せそうだった。晴菜は秋山のように気の強い子になるんだろうなと思いながら、健太は小さく笑って仕事場に向かった。
長沢が北海道に行ってから、五年が経った。
無駄なことを考えるのをやめて、マサオが以前通っていた養成所を受験して入ったのは、その年の春だ。スーパーのパートとエキストラのアルバイトを続けながら、自分より若い志望者に囲まれて二年間通った。
そこでお世話になった講師がアクションを得意とする人で、その紹介からモーションアクターの仕事をやるようになった。映画やアニメ、ゲームのキャラクターの動きや顔の表情を演じる『役者』だ。動きや表情をパソコンに取り込んだあと、キャラクターにあてはめる。
完成した映像を観ると、現実離れしたキャラクターが動いているだけなのだが、自分だけが認識しているちょっとした動きの癖を見つけると、これは自分なのだと不思議な感じがする。キャラクターになりきれていないということだから、褒められたものではないけれど。
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