424人が本棚に入れています
本棚に追加
未来の自分を想像する。
映画やドラマの中で、いろんな人物として動く、しゃべる、生きる。なんて素敵だろう。なんてかっこいいんだろう。
「健太もツワブキに戻ってきなよ」
妄想を中断される。菊池はそら豆の皮をむき始めた。
「あそこにいたって俺は成功できねえよ。俺は舞台だけじゃなくて、映画とかドラマもやりたいんだ」
言われるたびに同じ返答をするのだが、菊池はしつこく「戻ってこい」と言う。
健太が答えると、菊池は息を吐いて小さく首を横に振った。どうして首を横に振るのだろう。こういう時の菊池はあまり好きじゃない。なんだかバカにされてるように感じるから。
健太は「いつも言ってんだろ」と、新しくテーブルに置かれたジョッキを掴み、ビールを口いっぱいにして飲んだ。
うとうとしていたマサオが、唐突に「あっ」と覚醒した。そしてまずい顔で健太と菊池を交互に見る。
「どした?」
「やっべ。おれ、今日風呂当番なのすっかり忘れてたっす……」
この世の終わりだと言わんばかりの表情で、マサオは頭を抱える。
「あーあ。やっちゃったね。長沢さんに怒られる」
菊池が不憫そうに腕を組んだ。優しいしゃべり方が、マサオの焦りをさらに掻きたてているようだった。
「ですよねえ……。うわあ、どうしようっ」
マサオは頭を振った。
「んなの気にする必要ねえよ。俺べつにシャワーでいいし」
かばうつもりでも、なんでもなかった。ただ『長沢』という名前に反応して、健太の気分は下がった。
「健太がシャワーでもよくたって、長沢さんはそうは思ってないかもしれないよ」
「あのクソメガネが勝手に沸かして、入ればいいだけの話だろ」
「それじゃ当番の意味がないでしょ。とにかく今日は用事があるからお風呂できないって言うのを忘れたマサオが悪いよ」
マサオは「そっすね……」と背中を丸めた。
最初のコメントを投稿しよう!