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「なんで俺らがあんなやつに気を遣わなきゃいけねえんだよ。この家に先に入ったのは俺や菊さんじゃねえか。それなのにどうして後から入って来たクソメガネに……!」
文句を言っていると、手のひらでドアをバンッと強く叩くような音が聞こえた。反射的に肩がビクリとすくむ。
音の先に目をやると、そこには背の高いガタイのいい男がつっ立っていた。空のペットボトルを手にした上下スウェットの男は、三人をぐるりと見回すと、ゆっくりと歩き出す。黒縁の眼鏡は光に反射して、表情が読みとれない。
――――長沢だ。
「な、なんだよ」
健太の声がむなしく響く。
長沢は、健太とマサオの間を通って、冷蔵庫へと向かった。ペットボトルを潰して捨てる音と、冷蔵庫の開閉音。その音があまりにも乱暴で、男が『怒っている』ことを全身で感じる。
男のくせに物にあたって怒りを表現するなんて情けない。それでも男か。それでも大人か。
言ってやりたいが、ここで怒りに身を任せたら、負けた気になる。そうなるとわかっていたから、健太は拳を握りしめて怒りを腹の底に押しこんだ。
長沢は沈黙するしかない三人に音で怒りをぶつけると、新しいペットボトルの蓋を開けて一口飲んだ。
そして何事もなかったかのように、自分の部屋へと戻っていく。その際の部屋のドアを閉める音にも、三人の肩はビクリとなった。
「こっわ」
マサオは感情そのままに漏らす。
「……っんだよあの野郎! 怒ってるなら一言いえばいいだけの話だろっ!」
健太は握りしめた拳をふり下ろして、長沢に聞かせるようにテーブルを叩いた。上に乗った皿が踊るように震える。
「健太がいるところで一言いったら、面倒くさいことになるって思ったのかもね」
長沢の行動に対して、菊池は平然と言う。
「はあっ? どういうことだよ」
「健太、長沢さんがなにか言ったら飛びかかりそうだもん」
「あたりまえだろ!」
テーブルの上にある五百ミリリットルのビール缶を、やけくそに手にとる。それを開け、健太は飲んだ。
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