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玄関を入るとすぐに六畳ほどのリビングがある。その先には風呂場とトイレ、そして四つの一人四畳ほどの個室部屋がある。男性専用の雑居住宅だからか、リフォームする前は風呂もトイレも、築年数だけが理由ではないくらい汚かった。
健太はとにかく家賃の安さを最重要視した。東京ならどの場所でもよかったし、居住形態にもこだわらなかった。
上京したのはぜんぶ『役者になる』という夢のため。雨風しのげれば、それでいい。そう考えて決めた。
けれど幸運なことに、同居人に恵まれた。
入居した当時から、そこには金のない劇団員ばかりが住んでいた。夢を追う者がよく集まる場所として知られ、近所では『ドリームハウス』と呼ばれている時期もあったという。
一人夢追い人が退居しても、また入居してくるのは同じ夢追い人ばかり。健太のまわりは常に、夢を追う者にあふれていた。しかもなぜか昔から大なり小なり、数多くの劇団が集う場所柄、『役者』を目指す人がほとんどで、この十年健太はさまざまな同居人と切磋琢磨しあった。
菊池が入居してきたのは三年前。菊池とは入団当初から、劇団ツワブキでともに活動していた。恋人との同棲を解消したばかりの菊池が、健太に「いいところはないか」と訊ねてきたのがきっかけだった。
それまでは入居者の中で、自分だけが違う劇団の人間だったから、同じ劇団の人間が新しく住むことに、健太はおおいに喜んだ。それからリビングに一番近い個室の住人が引っ越していき、入れ替わりでマサオが入ってきた。マサオは結構有名な規模の大きい劇団の養成所に通っていて、二駅先の経済大学にも通っている。
二足のわらじを履くマサオに、最初は好意的な印象は持っていなかった。しかし、十歳も下の後輩が慕ってくれることの優越感に負け、いつしか弟のように可愛がるようになった。
長沢と初めて会ったのは、一年前。場所は玄関だった。
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