《番外編》愛の棲むところ

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《番外編》愛の棲むところ

***  玄関ドアを開けて出てきたのは、長沢秀行だった。マサオは思わず一歩下がって、玄関前の部屋番号を確認した。  尊敬する先輩・高橋健太に教えてもらった引っ越し先の部屋番号は一七〇三号室。長沢がたった今開けたドアの部屋は……間違いない。一七〇三号室である。 「えっと、ここって健太さんの部屋で合って……」  長沢は表情を変えない。昔から無表情な男だとは思っていたが、最後に顔を合わせてから数年経った今も変わらないようだ。  だが、以前より少し伸びたツーブロックの髪は、ワイルドなのに清潔感にあふれているし、顔つきも『ザ・大人の男』という感じだ。約五年ぶりに再会した先々月、現在は一級建築士として働いているのだと、名刺をくれた。  共同住宅で同居していた時は、パーカーやジャージばかり着ていた覚えがある。服装に無頓着な男だと思っていた。  一級建築士というのは、ずいぶんと身なりに気をつけなければいけない職種なのかな、なんて考える。学生の頃のマサオは人の服や持ち物などに、てんで興味がなかった。だが大学を卒業し、身一つで芸能という業界に飛びこんでからは、そうも言ってられなくなった。  新人賞のパーティーで「マサオくんには期待してるよ」と握手を求めてきた老舗プロダクションの大物マネージャーが、陰で自分を引きずり降ろそうと画策しているという噂を聞いた時は、ガセネタであってもショックだった。  飲み会で綺麗なモデルの女の子が「あなたのこと知らないんです」と言っていたにも関わらず、後日モデル仲間に自分と飲んだことを言いふらしていたことを知った時も、うんざりした。  平気で嘘をつける人間に囲まれているのだ。身なりや持ち物、笑顔の裏からいろんな情報を読み取らなければならない。
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