涙なんて、

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「伊折くん、ほんとうは分かっていたんでしょう?」 「……は?」 当然そんなことを言い出したのは香奈だ。 引っ越しの片付けも終わり、ふたりソファでゆっくりしているときのことだった。 唇は弧を描き、人形のような丸い目が俺をとらえる。 「野中裕也(のなかゆうや)くん、だっけ? 伊折くんの親友の。」 「……野中が、なに。」 「伊折くん、意外とわかりやすいのね。」 「だから、何が言いたいんだよ。」 両手でコップを持ち、熱そうにホットココアをちびちびと飲む香奈。 ……これだからこの女は苦手なんだ。 「だって、伊折くん……昔から私のことなんて一ミリも好きじゃなかったでしょう?」 「え……。」 「分かるわよ。伊折くんの瞳はいつだって……彼を見つめていたから。」 ……それに気づいていて、あの時、俺に告白を? 「ねえ、だから……本当は野中くんの好意にも気づいていたんじゃないかって。」 「……お前も気づいてたんだな。」 「ええ、だって、野中くんは分かりやすいから。とっても。……それに、すごく単純。」 香奈は机の上にコップを置いてふぅ、と息をつく。 野中が単純だなんて、俺が一番よく知っている。 アイツが……傷つきやすいってことも。 「よかったの? 私なんかと結婚して。」 「……それは、もう決めたことだから。野中には悪いけど……」 「野中くんのこともだけど。……伊折くん自身、の話よ。」 俺自身、の? 香奈は俺のほうを見ないまま話す。 「伊折くん、泣いたでしょう。あの日。」 「……バレてたか。」 「そりゃ、分かるわよ。ずっとお付き合いを続けてきたんだもの。」 あの日……というのは、結婚式の招待状を野中に送った日。 確かに、俺は泣いた。 辛くて、悲しくて、どうしようもなくて、この止まらない想いを封じ込めておきたくなくて。 「私と結婚したところで、野中くんへの想いは消えるの?」 「……それは……。」 「私、知ってるのよ。貴方の想いの強さも……あなたたちがどれほど辛い思いをしてきたのかも。」 あぁ、香奈は全部知っているんだ。
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