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夜中に降った雪が辺りを白く染めている
銀座の画廊へ行くために家を出た浩一の肩に
傘をすり抜けて、ふわりと雪が落ちる
世間でも知られる画家となった浩一には
忘れられない出来事がある
それは、こんな底冷えのする冬のことだった
こんなはずではなかった
浩一が、それなりの希望に燃えて入った会社は
若者を使い捨てるブラック企業だった
休みもなく、ただただ長時間働かされ
泥のような疲れがたまっていく
見えない将来に対する不安、焦り
苦しみ、悩み、募るイライラ
全てがないまぜになった浩一の心は、張り裂けそうだった
それでも、毎日やってくる朝に
惰性のように会社へ向かう
一度休んだら、全てが崩れそうだったから
冷たい風に、心も縮こまりそうな日
浩一は自宅マンションへと急いで帰る
部屋のドアに鍵を入れていた時
すっと横に人が近づき、声をかけてきた
「すみません、今日だけでいいので、泊めてもらえませんか」
見ると、若い女の子が一人で寒そうに立っている
もちろん、追い返すこともできたけれど
真冬の寒空の中で震える女の子を放ってはおけなかった
めぐみと名乗ったその子を、何も聞かずに泊めようとしたのは
彼女の抱えているであろうものが、自分のものと同じように感じたから
そして、その日から、二人の不思議な共同生活がスタ-トした
めぐみには、ほとんど使っていなかった4畳半の部屋を与え
浩一は、今まで通り6畳の部屋で過ごすことにする
多くの事情を抱えていて外出もできないであろうめぐみのために
私は、帰宅時に二人分のコンビニ弁当と翌日の昼間の食事を買って帰る
しばらくは、4畳半の部屋にこもっていためぐみも
徐々にキッチンに出てきて、一緒に食事をとるようになる
めぐみの目はいつも遠くを見ていた
それは彼女の抱え込んでいるものの大きさを表しているようだった
自分だけの空間に突然入ってきためぐみ
めぐみは自分のことを何も話さないけれど
いつしか私はめぐみが、かけがえのない存在になっていた
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