忘れ得ぬ人

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あれからもう35年 浩一は数々の絵画展で賞を取り その実績をもとにヨ-ロッパを舞台に仕事をしていた 充実はしていたけれど、心のどこかに穴が空いていた 1年前、久し振りに日本に戻った浩一は めぐみの消息を確かめるため、調査会社に依頼した なぜ? 自分を蝕む病気の正体を知っているから めぐみは2年前に亡くなっていた ほんの少しで運命の糸を手繰り寄せることはできなかった 大きな病院の婦長として仕事をしている最中に倒れ、帰らぬ人となったという 仕事一筋で、独身を貫いたというめぐみ 彼女らしい、と浩一は思う “私も独身を貫いたけどね” なだらかな坂を上りきったところに墓地はあった 冬の冷たい風が、暮色の空に巻き上がる めぐみと初めて会った日も、こんな寒い日だった ようやく見つけためぐみの墓は、私が知っているめぐみのように まだ新しく綺麗だった 「やっと会えたね、めぐみ」 浩一の中では、めぐみはずっとめぐみだから 「私は、君の一言で画家になることができた。本当にありがとう。あの1か月、私たちはお互いの家族のことや育った環境のことなど一言も交わさなかった。私は、君の命の匂いだけを感じていた。恐らく、君も同じだったと思う。それ以外は余計なことだった。だから分かり合えた。私にとって、君に会えたことは一生の宝物だと思っている。君の元へ行ける日が近づいたら、また必ず来るよ。もうそんなに遠い日ではないと思う。だから、待っていてね」
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