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満員電車
「満員電車が好きだ」
俺のセリフを聞いたアイツは、足元の蟻の行列に愛想を振りまいた。
*
どのつり革も空きがなく、ひとつ空けば我れ先にと手が伸びる。まるで椅子取りゲームだ。見事吊り輪にありついた人は、誰にもやらんとばかりに強く握るのだろう。革ベルトはギチギチと詰まったような音を立て、その都度乗客の数人がいちいち目線をやる。エレベーターの階数表示をついつい見つめてしまう、あの行動によく似ているなあ、なんて思う。
夏を過ぎ、秋の車内はまだ軽装の人ばかり。これから皆が上着で膨れる冬がやってきて、満員電車は更に余裕をなくすのだろう。
満員電車が、好きだ。
『ここから先、車内揺れますのでご注意ください』
ひとつ前の停車駅で、俺の隣のつり革が解放された。そこによく知る白い指先が伸びたけれど、カルタ取りのように隙のない動きで伸びてきた別の手のひらがそれを遮り、つり革を奪っていった。夏の日焼けが色濃い、血管の浮き出た手の甲だった。
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