花さんの臓器。

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次の日は休みだったが臨時で救急の外来に入った。 家にいるとどうしたって、花さんを追いかけてしまう。 花さんが亡くなった後、キチンと別れを伝えて僕は前に進めると思っていた。 最初の何ヶ月かは大丈夫だった。 5月、百合さんの誕生日プレゼントを贈る。 取り出して、花さんを思い出す。 二人で準備した。 花さんの笑顔が思い出されると、声を聴きたいと思う。 デジカメを取り出して映像を見る。 そんな事を繰り返すと、日常的にも花さんが現れる。 それはこの上なく幸せで、僕には否定できない。 デジカメも何度も見たら、調子が悪くなるかもと不安になりその行為はやめる。 花さんの遺言とは真逆を生きている。 「私の事は薄れてもいい、誰かに恋をして、幸せに生きて。」 薄れるどころか、時間が経てば経つほど鮮烈に記憶は甦える。 これでは誰かに…など、無理な事なのだ。 だから、家にいるよりは仕事の方がまともな人間だと思えた。 救急外来は、外来が終わった16時受付から開始される。 21時からは救急の専門医と交代するので、5時間の勤務になる。 昼の診察に間に合わなかった人が多く、後は突発の火傷、怪我、蕁麻疹、熱が多いだろうか。 重症、というのは余りない。 そこは外来だし、有り難い。 昼と同じ様に診察をしていく。 緊急な人がいないか、それだけは注意深く観察する。 家に帰ったら、安心してぐっすりと寝てほしいからだ。 不安の中、眠るのが辛い事を僕は知っているからだ。 「次の人…どうぞ?、えっと、もときさやさん?」 聞き覚えのある名前。 (どこの患者さんだったかな? 年は…) 「よろしくお願いします。」 母親に付き添われて入って来たその子を見て思い出した。 花さんと出会った時に連れて来ていた教え子だ。 泣いていたあの子がこんなに大きくなって、と懐かしく見つめた。 「先生?」 「ああ、すみません。お熱、でしたね。いつ頃からですか?」 「学校から帰って、静かだなぁと思っていたら、ぐったりしていて。計ってみたら39度もあったので。」 「ちょっと横になろうか。看護師さんにお熱、計ってもらうね。ちょっとお腹触るね。 足曲げてくれるかな?大丈夫?」 「学校で風邪流行ってますか?」 「いいえ。」 看護師に指示を伝える。 彼女は肺炎の疑いだった。
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