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飲みながら中島さんは謝った。
「ご迷惑を……。」
「いいえ、帰ったら何か食べるのは同じですし。」
焼き鳥を食べながら答える。
「何だか元気がないですね?」
「花さんの元、教え子が診察に来まして。」
とだけ言う。
「花さんを思い出しましたか。」
と言われ、思わず素直に答えてしまう。
「思い出すのは仕事以外、常にです。日常です。自分がおかしいのかと思います。」
1杯だけ、付き合いの酒を口にする。
「安曇先生は考えすぎなんですよ。」
「花さんをですか?」
「違います。 どうせ、思い出すのはおかしい、女々しいとか思っているんでしょう?」
予想外の言葉に戸惑う。
「そこにいる気がするのは、おかしいですよね?3年も経って…。」
「何年経とうが関係ありませんよ。 大事な人がいなくなって思い出すなって方が無理です。夢でもいいから会いたいと思って何がいけないんですか?」
「夢ではありません。家にいると、花さんが笑顔で座ってる気がします。」
さすがに引くだろうと思った。
「花さん、いいですね。 ずっと、大事に思われてる。羨ましいな。」
遠くを見ながら、中島さんは呟き、
「ごめんなさい。羨ましいなんて不謹慎でしたね。」
と謝った。
「いえ、最近、自分はおかしいと思っていたので、ちょっと安心しました。」
「他の移植の方に会いたいとは思いませんか?」
中島さんはストレートに素朴な疑問ですと、付け加えて聞いた。
「思いませんね…。前向きに生きている方なら嬉しいと思う。でも、暴力振るう人とかだったりしたら、自分が耐えられない。」
「なるほど。正直、不思議でした。」
「何がですか?」
「結婚までして内緒にして、そこまで好きな人ってどう出逢えるのか? 私には永遠の愛とか、運命の恋とか絶対あり得ないと思っていたので、花さんの愛は不思議でした。」
「別に、特別な事は何も。廊下でパン食べて話をして、また話したくなって、それが続いただけで。本当ならそれが続いて行くだけで、それで良かった。僕にとっては、結婚してからがまるでジェットコースターで……早過ぎて……。」
「両親の離婚、母親に好きな人が出来たからなんです。だから私自身、結婚に夢とか期待はなくて、花さんと安曇先生は衝撃でした。」
そう言うとさらにガンガン酒を飲んだ。
この夜は二人で花さんの話しを沢山した。
僕の知らない花さんがいた。
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