言霊に想いをのせて

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言霊に想いをのせて

50段程の石段を上り、 30mは有に超える大きな鳥居を潜ると、 境内に聳え立つ桜の木の横に修行の間がある。 樹齢100年は経つ桜の木と並んで建つ修行の間は、古き行かしながらも、堂々とした存在感を醸し出していた。 修行の前には、鳥居の前で一礼をし、 両手で桜の木に軽く触れ、一声を交わす。 『行ってきます!』 修行の間に入ると薄暗い部屋中を見渡す限り、 壁一面に結界の御札が張り巡らされていて、 囲むように並ぶ松明の赤く燃えあがる炎が、バチバチと音をたて部屋を照らす。 部屋の中央にある床には、浄霊の章(しるし)が施されている。 その章の上に今回の依頼主(綾里まや)が正座をしていた。 彼女は、震えながら目を閉じ祈りを捧げていた。 『大丈夫ですよ、何も恐れる事はありません』 『お願いします!どうか……』 涙で訴える彼女の肩を優しく擦る。 静まり返る部屋で、いつも欠かさず首に下げ持ち歩いている青く透き通る勾玉に軽く口づけを交わし言霊を唱える。 『我の声よ聞きたまえ!古の刻を刻み迷いし者よ浄化されたし!』 言霊と同時に松明の赤い炎が蒼白い炎に変化し、彼女の背後から丸々とした三毛猫の浮遊霊が映し出される。 見るからに子猫だと理解できた。 彼女から話し聞くには、どうやら事故死してしまったオスの三毛猫(まる)と言う名前らしい。 『安心して、大好きなご主人は元気だから、ゆっくり休むんだよ』 勾玉に、ふっと息を吹き掛けると安らかな表情で(まる)は去っていった。 きっと、大好きなご主人の側から離れたくなかっただろう。 浄霊が住み、まるの思い出や気持ちを伝える。 まやは、溢れんばかり大粒の涙を流し私に感謝の意を伝えた。 その表情は、安堵に満ちながらも、どこか寂しげにも思えた。 気持ちが落ち着いたのか、彼女は一礼をし帰って行っていた。 きっと彼女もまた素性の知れない何かに怯えながらも、正体を知り申し訳ないと思えた心の優しい人なんだと思う。 『よしっ!本日の修行は終わり』 修行を終え部屋を出ると、外はいつの間にか暗くなり夜になっていた。 『あっ!流れ星!』 願い事をしようと慌てて手を合わせる。 『どうか先輩とまた話せますように』 願い事を伝え終えると大きく背伸びをし、家路を急いだ。
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