Before the Rain.

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 薄暗闇のなか、あたしにとって唯一無二のメール受信音が鳴る。  強烈な黒電話の音だから跳ね起きたわけじゃない。連絡相手が、“彼”だからだ。  枕元のスマホにかじりつくようにしてロックを解除する。「受信メール1件」―――そんなことわかってる、早く内容を読ませろ。  ボタンを連打しすぎたせいか、やたらとノロノロ処理のスマホに痺れを切らして髪をかきむしる。ようやく表示された画面には、予想通りの差出人名と、「この女もう飽きちゃった」という件名、無駄に容量がデカい添付ファイルと続いた。“出動命令”だ。  2ヶ月前に「引っ越した」という報告メールを寄越したきり、何を聞いても音沙汰なしだったからすごく心配していたのに。その件には全く触れず、事務連絡だけなのは傷付くが、今は割り切るしかない。言われた通りにやり遂げれば彼はきっと、直接お礼を伝えに来てくれるから。  “勝手に婚約者気取ってつきまとってくるんだ。俺はそんなつもり全然ないのに、事ある毎に、プロポーズはまだか、指輪は?って圧力掛けられて困っててさ……だからチキちゃん、いつものようにお願いできる?”  読み慣れた依頼文の後に続く、指定の待ち合わせ場所と時間を確認する。日付は今日、時間は今から2時間後の13時だ。場所は、ここから最寄りの駅の近くにあるカフェ。使ったことがないが、ゆっくり準備しても余裕で間に合うだろう。  あたしが休日は大抵昼過ぎまで寝ていて、しかも滅多に外へ出掛けないことをよく知っているからこそ、彼はこういう当日依頼も平気でしてのけてくる。そしてあたしが断る可能性は1ミクロも考慮していない。  それが、たまらなく幸せなのだ。あたしは永遠にユーヤの手のひらで転がされ続けていられたら、それで。
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