Before the Rain.

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 “わかった、サクっと済ませるね。完了報告を待ってて”  スマホをぎゅっと抱き締めてから一言返し、ベッドを出る。本当は、「2ヶ月何してたの? 引っ越し先の住所は?」とか「終わったら会ってくれるよね?」なんて言葉を付け加えたかったけれど、ぐっと我慢だ。聞いたところで彼は答えてくれまい。成功報酬型だから。  室内灯をつけ、クローゼットから目についた服を引っ張り出す。アパレル店員として働いていたって普段絶対に着やしない、レオパード柄の超ミニスカートに、よくわからない英文が書かれた赤いパーカー、そして金髪のツインテールウィッグを合わせればギャル系コーデの完成だ。 「待っててね、ユーヤ。ちゃんと守ってあげるから」  “虚像”を鏡に写し、当社比3倍以上の濃さのメイクを施していく。見た目でまず圧倒して話の流れを強引に奪ったら、そのまま最後通諜を突きつけてしまえばいい。「こんな幼なじみがいる男とは付き合えない」と思わせさえすれば、こちらのもの。  彼―――伊達 優也 (だて ゆうや)と、あたしの出逢いは幼稚園時代に遡る。それから大学と会社以外はずっと一緒だった、正真正銘にして生粋の幼なじみだ。  物心ついた頃からずっと、あたしはユーヤのボディーガードだった。誰にでも優しく、何かと女子に気を持たせがちな彼を守るため、あたしにできることは何だってやってきたつもりだ。議論で片を付けられるならいい方で、数分に及ぶ殴り合いを制したことだってある。復讐されて死にかけたことも。  今回もごねられて、暴力沙汰になりやしないか。婚約者を勝手に気取るような女が相手なのだから、備えは万全にしておかないと。  カッターを懐に忍ばせ、あたしは足取り軽く家を出た。本当は、ユーヤとの「縁を切ってやる」という意味を込めて、糸切りばさみを持ちたかったのだけれど。
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