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久木は途端に押し黙った。やはり初耳だったらしい。
あたしは父・母ともに存命だが、関係が良好じゃないから、両親のことを聞かれると吐き気がする。それでもユーヤに比べればマシなほう。
彼は「地雷」といっても過言ではないくらい、両親の話がタブーだ。迂闊に掘ると、1ヶ月口を利いてもらえないなんてものでは済まされない。
婚約者ヅラしてくるのが不愉快だから、という理由でユーヤから“出動命令”を受けたことは前にも何度かあるが、いずれも原因は「お互いの家族への挨拶」の段に発展したからだった。今回も同じか、ご愁傷さま。
「因みに婚約指輪は? 『婚約者』を名乗るくらいなんだから、当然もらってるはずだよねえ」
「それは……! でも、近い内に用意するって」
「それ、前に別れさせた女もまるでおんなじこと言ってぎゃーぎゃー喚いてたなあ。で、同棲は? してないのー?」
「余計なお世話よッ」
「あー、そっか! ごめんごめん、家も知らされてないんだね? それで婚約者なんてよく思えたもんだわ」
噛み締められた唇が次第に紫色になっていく。よしよし、もう一押しか。
でも、前にも追い詰めたと思いきや、いきなり頬を張られて口から大量出血する羽目になったことがあったから、まだ気は抜けない。ユーヤのために、完膚なきまでに叩きのめさなければ。
「あなた、優也くんのこと好きなんでしょ!? だから私たちの仲を邪魔しようとして」
「いやいや、あたしは最終的にユーヤと結婚できればいいんで、今誰と付き合っていようが痛くもかゆくもないかなあ。でもユーヤが迷惑がってるからさー、それは見過ごせないっていうか?」
丁度運ばれてきたロイヤルミルクティーに口を付けると、久木は「あなたとじゃ話にならない」と吐き捨てた。そうしてテーブルに置いていたスマホを取り、必死の形相で何かを打ち込んでいく。ユーヤに連絡を取ろうとしているのだろう。
「ムダだってー。あんた、ユーヤにもう受信拒否されちゃってるはずだもん」
はっとしたように顔を上げ、すぐにまたスマホにかじりついた久木はしばらく忙しなく画面に視線を走らせていたが―――やがて、灰色になった。両目が窪んで、一瞬で老婆にでもなったかのよう。送ったメールがすぐさま返ってきてしまったのだろう。
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