The Stage is set.

6/7
前へ
/10ページ
次へ
 このご時世なのに、ユーヤは俗に言う「メッセージアプリ」というものを全く使わないし、電話番号を誰にも教えたがらないから、メールという連絡手段を断たれたら終わり。  あたしがティーカップをソーサーに置いたと同時に久木は椅子に深く沈み込んで、微動だにしなくなった。これならもう完了報告の準備をしてもいいはず。 「なんか、フラれた実感が全然湧かない……私、本当にあそばれて捨てられたの……?」 「なら、あたしがユーヤから受け取ったメール見せたげるよ。そしたらさすがに信じるしかなくない? さてさてー、ユーヤはあんたのこと、どんな風に思ってるでしょーかー!?」  今朝ユーヤから受け取った依頼メールを開いて、画面を見せてやった。久木は死にかけの魚のように口をだらんと開き、虚ろな目で覗き込んでくる。  頬杖をついて待っていると、すぐにひび割れた笑いが場に落ちた。そんなに長い文章でもなかったから、すぐに読み終えたらしい。  あたしとしたことが、とんだ大出血サービスをしてしまった。早いところ完了報告兼食事のお誘いメールを送ってしまおう。機嫌が良ければすぐに返事をくれるかもしれない。 「結局、『純子ちゃんが一番好き』なんて言われて私1人で盛り上がってただけか……確かに、『結婚しようね』って言っても曖昧に笑うだけだったもんなあ」  前髪をぐしゃぐしゃに掻き上げ、久木は小刻みに肩を揺らした。泣いているのじゃなく、笑っている。正しくは「笑うしかない」ってところか。まあ、人目も憚らずに号泣されるよりはマシだ。  あたしはこの女や、これまでに捨てられてきた奴らとは違う。あたしはこれまでも、そしてこれからもユーヤにとって必要な存在だ。ユーヤに心酔するばかりじゃなく、こうしてユーヤを守り、役に立てる女なのだ。  だからユーヤ、あたしを捨てないで。他の女に「きみが1番好き」って言ってもいいから、あたしたちを結ぶ糸だけは切らないで。奥さんにしてもらえるまであたしはずっと、便利な操り人形のままで構わない。  祈りを込めてメールを送り、ティーカップに手を伸ばした。この一杯を飲み終えたら出よう。早く家に帰って、きちんとおめかししなければ。こんなギャル系コーデ、ユーヤが喜ぶはずない。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加