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人魚姫(アルブレヒト×ナルサッハ)7
――ナル、ごめんなさい。お前を置いて逝きそうだよ。
弱い声、熱い体、ベッドから下りる事もできない人が優しく笑う。
大切な人だった。愛しい人だった。この気持ちが知られなくても構わない。この人の命を奪うというなら、例え神とて抗ってみせる。
ナルサッハは抗った。愛しい人を冒す奇病を払い除けた。
対価として、自らが醜く崩れ落ちたとしても。
海の底は慌ただしくなった。普段は人など寄りつかない果てに、王国の兵が押し寄せている。
理由は分かっている。海王の王子・ゼロスに、人間になる薬を渡した事が王に知られたのだろう。息子を溺愛するあの王が、これを許すはずがない。
逃げる気はなかった。むしろ望んでいただろう。
果ての生活は過酷ではないが、孤独ではある。そこに住み着いた悪魔は、終わりを望んでいた。醜い八本のタコの足。そこに、かつて人魚だった痕跡はどこにもない。
囚われ、引きずられて王の前に膝をつき、その矛で心臓を貫かれれば楽になる。海の泡と消えれば何も残らない。苦しさも、懐かしく優しい残酷な記憶も全てが消えていくのだ。
「お別れです、我が君」
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