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優しく雄々しかった父、厳しいけれど愛情深い母、茶目っ気のある姉、穏やかな妹。みな、ナルサッハを一人残して死んでしまった人達でした。
『どうしたの、ネメシス。早くこちらにおいで』
『もう、ぼんやりして』
『兄さん、こっちよ』
母が、姉が、妹が呼んでいる温かな我が家。贅沢なんか出来なくても、穏やかな幸せの中にあった場所。温かくて、優しくて、物がなくてもこの中にいられたならきっと優しいままでいられたのに。
マッチが消えてしまう。伸ばした手を、消えそうな幻を、ナルサッハは必死にかき集めようとした。
あの場所に帰りたい。家族のところに戻りたい。どうして置いて行ってしまったのか。どうして、連れて行ってくれなかったんだ。生き残ったって、何一つ幸せな事はなかった。心はこの夜のように冷たくて、いつしか笑う事も忘れてしまったのに。
慌ててマッチを取り出し、擦った。温かな光が灯る。そしてその中に、一人の人が見えてこちらへと微笑みかけてくれた。
「あ……」
柔らかな木漏れ日の庭。かつて穏やかな時を過ごした優しい場所。唯一の主であり、裏切ってしまった人がそこにはいる。慈悲に満ちた優しく穏やかな様子で、変わらず手を差し伸べてくれる。
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