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でも、手が出ない。酷い事をした。自らの苦しみや悲しみや憎しみに負けて、この人を落とし込んだ。とても許される事じゃない。
『ナルサッハ、おいで』
「でも……」
『大丈夫ですから、おいで』
柔らかな声に、足を踏み出した。手を伸ばして、縋ろうとした。
なんどこの優しさに縋ろうとしたか分からない。惨めに落ちた自分を抱いて、それでも心の何処かにあったのはこの人だった。この人のくれた慈悲が、唯一最後に残った人らしい心の全てだった。
マッチが、消えてしまいそうに揺れる。
『ネメシス!』
「アルブレヒト様!」
嫌だ、消えないで。お願いだから、もういいから置いていかないで!
ナルサッハは持っていたマッチ全てを擦った。燃え上がった炎が真っ白い光を放って辺りを包み、ナルサッハを飲み込む。そうして駆け出したナルサッハを、アルブレヒトは昔と変わらず抱きとめてくれた。
「もう、嫌です。お願い、置いていかないで。ここは苦しくて悲しくて、虚しくて辛い。お願いです、アルブレヒト様。私を一緒に連れて行ってください」
泣きながら縋るナルサッハの背を、優しい手が撫でてくれる。優しい笑顔を浮かべたアルブレヒトが、しっかりと頷いてくれた。
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